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Keepin' the Swing ライナー・ノーツより
   
●ダニーに初めて会ったときの印象は忘れない。私が講師を務める音楽鑑賞講座に出演してくれた時だ。
日本的な言い方をすると、なんと腰の低いガイジンだろうという印象だった。おごりも高ぶりも、そして偉ぶったところも何もない。
きっとアグレッシブでタフなジャズマンだろうと思っていたのに、しゃべってみるとごく普通の気さくなアメリカ人といった雰囲気で、いささか拍子抜けの感がしたぐらいだ。おかげですんなりと会話も弾み楽しく仕事をすることができた。その後舞台の上で何度かご一緒する機会があったが、最初の印象が変わることは全くなかった。何とも「いい奴」なのだ。
●しかし、一旦ピアノに向かい鍵盤に指をおろした途端にダニーの印象は一変する。
ジャズを生み出したアメリカの伝統に則った自信と華やかさに満ちたピアノが現れる。これこそがジャズの本質、ブルースの魂ここにありといったピアノだ。
しかしこれでもかとバリバリ弾きまくるタイプのピアニストではない。かといって木訥に音を並べていく不器用なピアニストでもない。とにかく言えるのは、ダニーのピアノが歌っているのは、紛うことのなきブルース・フィーリングだということだ。
●では、ダニーはブルージーな感性や感覚を一体どうやって形成していったのだろう。きっと若い頃に誰か先輩の演奏を一生懸命に勉強したはずだ。一体ダニーは誰から学んだのか?誰を師匠としていたのだ?
疑問と同時に興味が湧いてくる。そう思いながらダニーの演奏に耳を澄まし、今まで自分が聞いてきたジャズ・ピアニストたちの演奏と重ねてみた。耳の記憶は、あのフレーズこのフレーズと、様々なピアニストたちの断片をたどり始める。
そして、すべてを理解したのは、ダニーから若い頃のジャズ遍歴の話を聞いたときだ。自分の耳は間違っていなかった。
ファンキーでグルービーな歌い方はジーン・ハリスだし、一音一音を噛みしめながらの躍動感あふれる左手の力強いタッチはマッコイ・タイナーから学んだのだ。またノン・ペダルでくっきりと強弱を付けた小粋で繊細な歌い方はアーマッド・ジャマルそのものであり、ブロック・コードをいかしたスタイルは、レッド・ガーランド以外の何でもないだろう。
●恐らく、ダニーはこれらお気に入りのピアニストたちのお気に入りのフレーズを何度も聞き、それを採譜してはピアノで繰り返し、繰り返し、しかも真剣に心を込めて練習したに違いない。つまり最初からダニー・スタイルがあったのではなく、模倣と創造の間を苦労しながら何度も往復して、やっと自分のスタイルを形成していったのだ。
●どんなに偉大なジャズ・ピアニストでも最初は模倣から出発するのは当たり前のこと。師匠と運命的に出会い、その師匠のすべてを真似して、真似たことすら忘れたときに初めて自分のオリジナリティーを確立するのだ。芸術の基本は模倣である。そして模倣したものをどうやって自分の芸術の形成に役立てたのかということが大事なのである。
●ダニーの音楽的な基礎が、こうしたピアニスト、しかも黒人ピアニストたちにあることを知ればこそ、ダニーのピアノを特徴付けているのが、紛れもなくブルース・フィーリングだということに納得する。ブルースなくしてダニーのピアノを語ることはできないのだ。そのように、このアルバムにはブルース・フィーリングが溢れている。しかもダニーにしかないリリシズムに裏打ちされたブルース・フィーリングが・・・。     
●さて、収録曲を眺めると、スタンダードから、恐らくジャズでは取り上げられることのないようなクラシック曲やイタリア民謡、さらには日本の童謡まで含まれているのが分かる。曲目リストだけを見れば違和感を覚えるのも無理はない。しかし「ジャズには名演奏あれど名曲なし」とよく言われるとおり、ジャズにとってアドリブがすべてであり、曲はアドリブのための単なる素材である。もちろんジャズにはつまらない曲しかないと言っているわけではない。完成された作品に最高の価値を見いだし、それを再現するクラシック音楽とは大いに異なり、ジャズにとって、どんな曲を演奏しようが曲は出発点に過ぎないと言うことだ。
●当然のことながら、このアルバムの中でも私たちは「曲」に拘わる必要はない。ダニーの手によりジャズに変身させられていくその技の見事さを知り、そこに盛り込まれたアドリブとブルースのフィーリングを味わえればいい。言い方を変えれば、私たちは曲を通してダニー自身を聞いていることになるのだ。
●曲の印象をざっと綴ってみよう。アルバムの最初を飾るのはお馴染みの『スキヤキ・ソング』(日本名「上を向いて歩こう」)だ。小気味よい出だしからはまったく原曲を想像することはできない。
リー・モーガンの「ザ・サイド・ワインダー」風のリズムに味付けされた『オー・ソレ・ミオ』ではベースの弓弾きが小気味良い。
何ともブルージーな『ダニー・ボーイ』につづいて、ダニーの手にかかればクラシックだってジャズ・ワルツになるという、そんな見本がショパンの『ノクターン』。
ノリノリの『ユー・アー・マイ・サンシャイン』、ジャズ・バラード風の『ラブ・ミー・テンダー』、ジャズ・ラテンの『ベサメ・ムーチョ』、これらのどれにもジャズ風の意匠がたっぷり伺える。スウィングの気持ちいい『テネシー・ワルツ』、ワクワクするエキゾチックな出だしに続いてテーマだけがかろうじて顔を見せる『赤い靴』、どこかで聞いた童謡を思わせるイントロを持った『星に願いを』の3曲が続く。
そして、最後の『ジョージア・オン・マイ・マインド』(邦題「我が心のジョージア」)が私のお気に入りだ。この曲はダニーの生まれたジョージア州の州歌である。ダニーを愛し、ダニーが愛した両親への想いが、故郷ジョージアに託して情感たっぷりと歌われる。本アルバムの圧巻だ。
●味覚と同じで人間の耳はもともと保守的である。知らない音楽のために無駄に時間を使うよりは、気に入った音楽を何度も聞きたいと思う。CDを買うのも、「あれをもう一度食べたい」という食の欲求と同じで、「あれをもう一度聞きたい」と思うからだ。ダニーのピアノには、一度聞くとまたもう一度聞きたくなる不思議な味わいがある。しばらく聞かないでいると、「ああ、もう一度聞きたい!」という気になってくるから不思議だ。そんな癖になる憎いピアニスト、それがダニーである。

山田純

 
 

 

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